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日米交歓ディベート

国際交流局は、日米交歓ディベートツアーをとり行うための業務を担当しています。隔年ごとに代表ディベーターを派遣しあい、双方の国で各地の大学、ディベート団体、ディベート大会等を歴訪し、公開ディベートやコーチによる講演を行うことで、ディベートにおける交流促進と草の根レベルの国際交流を図っています。日程は例年若干異なりますが、標準的には2月末から3月にかけて日本から代表ディベーターを米国へ送り、翌年6月に米国からの代表ディベーター(2名)およびコーチ(大学教授など、1名)が日本を訪問します。

日米交歓ディベートは、JDA発足以前から元JDA副会長の故スコット・ハウエル神父(元上智大学理学部教授、上智短期大学副学長)を中心にJapan English Forensic Associationが日本側の受け入れ団体としてSpeech Communication Association(アメリカ・スピーチコミュニケーション学会)との共催で実施されており、その歴史は既に約50年にわたります。現在は、JDAとNational Communication Association(全米コミュニケーション学会)のCommittee for International Discussion and Debate(国際ディスカッション・ディベート委員会)との共催で開催しています。

2018年日米交歓ディベート 日本代表 全米ツアー

2018年度 日米交歓ディベートツアー 米国ツアー報告書

佐藤可奈留(東京大学)部分の一部を抜粋

全体のまとめ(佐藤)

このツアーを通して思ったこと、または伝えたいと思ったことをいくつか箇条書きで記しておく。

・当たり前なのだが、言葉が使えなければ議論はできなかった。どんなにいいアイデアであっても表現されなければどうにもならない。相手がどんなにいいことを言っていても理解できなければ意味が無い。言葉が通じる、言葉を操れるということがどんなに有難いことなのかを思い知らされた。

・さっきまでビリヤードをやったり、ご飯を食べたりしてはしゃいでいた相手と、いざ試合をしてみると全然意思疎通されないということがざらにあった。距離が突如として無限に広がるようであった。使えない言葉を使うよりかは、言葉を何も使わないでコミュニケーションする方がよほどなにか通じ合っているように感じられた。海外にあまり行ったことがなかった私にとってこれは新鮮な体験であった。

・日本でもアメリカでもディベートは本当に世の中のためになっているのだろうか。考え方の柔軟さ、不都合な事実をありのままに受け入れる勇気や対話する相手へのリスペクトといったものがなければ、論理的に考える能力がついたとしてもそれは無意味であるどころか、時には有害であろう。肯否を入れ換えつつリサーチをするのが教育的なのだという意見もきく。これだって同じだ。色々な立場で情報収集するのが習慣になったとしても、適切なマインドセットが身についていなければ、それは相手が何を言ってくるのかを予測して対策するためだけの活動になる。新たに知った情報で自分の意見が変わることなど期待できない。意見は硬直化するばかりだ。さらにディベート実践を通じて、ディベート以外の場でもディベートと同じようにして人を説得すればいいのだと思うようになる参加者もいるかもしれない。

適切なマインドセットを育む機構はディベートというゲームそのものに内在していないだろう。だから、もしディベートを「世の中に貢献するもの」(例えば「教育的」なもの)にしたいのなら、そこには適切な指導者が必要だ。私が言えるのはここまでで、適切な指導者が現在いるのかとか、そもそも何が適切な指導者の条件なのかとか、そういったことは全く私の手に負えないが、少なくともディベートという枠組みにどのような役割を与え、それを実践させていくのかはディベートに携わる人間が責任を持たなければならないのだと改めて明確に認識した。

では、どんなことができるのだろうか。例えばアメリカのトーナメントでは勝利したチームやそのコーチ以外にも賞が贈呈されることがあるという。高度な議論遂行能力を保持するに留まらず、他のディベーターに対して類まれなる相互扶助精神を発揮したディベーターに贈られるJulie Burke Award、善き人格者であったコーチに贈られるGeorge Ziegelmueller Award。こういった賞が存在することは何か良い影響をもつかもしれない。ただ、これが本当に大きな影響を持つのかは正直、わからない。

個人的には、指導者やジャッジ一人一人が「ディベートを通じてディベーターに何を学んでほしいのか」を考え、それを普段の活動や試合後の講評を介してディベーターに地道に伝えていくのが最も大切なのではないかと思う。最低でも、ディベートの意義について各人が常に考えることで思想の強度を保ちつつ、たとえ各々の意見が異なったとしてもそれらが常に発露され続け、批判にも晒され、弁証法的実践がなされていくような状態を維持していくことが必要ではなかろうか。

・オーディエンスボートを通して思ったのは、人の考え方はなかなか変わらないのかもしれないということである。オーディエンスボートをしてみると例外なく、一般論で是認されているサイド──ヘイトスピーチは禁止すべきではないとする側、北朝鮮に働きかけるよう中国に圧力をかけるのはよくないとする側、法人税の切り下げはするべきではないとする側──が勝った。これらは要するに、試合をする前になんとなく勝つのではないかと思われていたサイドが当たり前のように勝ったということなのである。もちろん、展開された試合がそこまでの影響力を持っていなかった可能性も大いにあり、個人の印象でしかない。

ただ、もし第三者が議論を尽くしても変わり難い信条や価値観、こういったものを誰もがその個人的な考えの根底に持つのだとすれば──私は実際にそうだろうと思うのだが──ジャッジは自らのそういった「譲れない部分」をディベーターに公言するべきだ。しない場合、ディベーターがその部分について議論をする可能性が常に存在する。そしてそういった議論が行われたとき、片方のチームにとって──もっと言えば両チームにとって──それは全くの無駄にしかならない。そしてディベーターの行う議論が無駄になるかどうかが運──もしくは事情通だけが知っているアンオフィシャルな情報を入手できたかどうか──で決まるのであれば、競技としてふさわしくないし(運で勝敗が決まるゲームをやりたいなら話は別であるが、そんなものは明らかに誰も望んでいない)、ともすればアンフェアである。

試合で議論が展開されることでジャッジも見解を変えうるのだから無駄ではないという意見もあろう。しかし「譲れない部分」について議論をすることは、ともすれば徒労に終わるリスキーな行為である。したがって「譲れない部分」が明かされていないというのは、自らの議論選択が効率的であるかが判明しないということである。これも競技としてあるべき姿だとは思えない。アンフェアであるという点についてもそのまま当てはまる。

この状況で私は、日本語ディベート界においてジャッジフィロソフィーを公開する場所を段階的に設けていくべきだと考える。日本語ディベート界には、ジャッジが自身のフィロソフィーを公言する場が存在しない。自身のブログ上に掲載するなど、独自の方法でフィロソフィーを公開するジャッジはいるがごくごく少数である。要するに、上述したような状況──各ジャッジの「譲れない部分」や、議論によってそう簡単には動かされない部分が明かされていない状況なのである。事実、私が中学生や高校生として大会に出ていた当時、ジャッジによってスピーチ速度の許容範囲が違ったり、どこまで議論を細かく見るのかが違ったり、そういった差異に気を遣いたくてもなかなかに難しかった覚えがある。中高生の大会において事情は変わっていないだろう。例えば最近でも日本語ディベート界のジャッジ間において発話スピードの許容範囲だとか、統計的な資料を批判的に検証する度合いだとか、そういった部分におけるギャップが段々と生じてきている、もしくは以前から生じていたにも関わらず、こういったことを知らされないままで選手はディベートをやらされているように感じる。これでは、特定のタイプのジャッジが多いときは勝利し、そうでない場合には敗北を喫する、そして選手当人たちはそういった試合結果から何も得られないという事態も想像に難くない。各ジャッジの考え方が分からない状況で、いつも通りのディベートをやって、ジャッジに受け入れられずに負けたディベーターがいたとして彼らに何と言えばいいのか。「運が悪かったね」とでも言うのだろうか。勝った場合も同様に深刻である。彼らはその勝利から何を学ぶのか。次の試合ではよく分からないまま負けるかもしれない。

フィロソフィーの公開はこの問題を多少なりとも解決に向かわせることができる。公開されるフィロソフィーは非常に簡単なものでもいい。各ジャッジがディベート理論書のような超大作を作るのではなく、「私は他人とはここが少し異なるかもしれない」「これはディベーターに知っておいてほしい」と思ったことについて簡単に書いて公開するだけでも、事態はかなり変わるだろうからである。

また、ジャッジフィロソフィーの公開はジャッジが自らのディベート観を洗練させたり、ディベート理論への理解を高めたりといったことをする機会になる。極端ではあるが例えばフィロソフィーのなかでCounterplanについての考え方を記述するのが一般的になれば、ジャッジはCounterplan理論を否が応でも学ばなければならない。Topicalityもkritikも、なんなら普通のAD/DAについてもそうだ。これはジャッジのディベートへの一定理解を担保するのに役立つだろう。

これは瑣末な論点かもしれないが、ジャッジとディベーターとの間や、あるいはジャッジ間での摩擦が減るだろう。これは平たく言えば「あの人の判定はよくわからない」という主張が減るだろうということだ。ものの考え方における人との違いが何らかの形で言語化されていれば、納得がいかない判定というのも少なくなるのではないか。ジャッジが選手に判定理由を説明しやすくなれば、競技レベルの向上にも寄与するし教育的でもある。

ところで「中高生にフィロソフィーまで読ませるのは過酷では」という意見がありうる。しかしアンフェアである状態に比べたら、過酷である方がましだ。現状でもジャッジに頻繁に練習試合で意見を伺えるようなディベーターと、練習試合などにはなかなか行けないディベーターとの間に各ジャッジの考え方についての情報の格差があるのではないか。できる範囲でもいいから明文化した方が公平だろう。

・アメリカと日本とではアカデミックディベートにおける議論のタイプや考え方が全く異なった。向こうではkritikや Role of Ballot (試合におけるジャッジの役割を試合のなかで議論して定義する戦術、ROB)といった議論をアカデミックディベーターであれば誰でも理解している。事実、最後に訪ねたCalifornia State University-Northridge (CSUN)ではディベートを始めて1年のディベーターも理解していた。

kritikやROB、はたまたセオリーの議論といったものがなぜ日本で見られないかという話になれば、私個人としては全国中学高校ディベート選手権、通称ディベート甲子園のルール設定が大きな要因なのではないかと感じることがある。日本の中高生にとって唯一の日本語アカデミックディベート大会である本大会では俗に言う「メリット・デメリット比較方式」と呼ばれるタイプのディベートを採用している。これは要するに、具体的な政策(プラン)とその導入に伴い発生するメリット/デメリットについてしか議論ができないよう選手を公式のルールで縛っているということである。この状況ではkritikやROBなどはなかなか出ない──というより出す余地がないし、考える必要性が一切ない。ついでに言えば否定側からのCounterplanの提出も禁じられている。

少なくとも現在の日本語アカデミックディベート界においては、この大会を入り口にディベートを始める者が多く、JDA大会に出場する人間も最近はほとんどがこの甲子園大会でディベートを学んだ者であり、政策ディベートの枠組み自体をある種ひっくり返してしまうkritik戦術に焦点が当てられることはない。ROBも同様である。こういった事情の結果として、JDA大会や全日本ディベート連盟(CoDA)主催の全日本大学ディベート選手権も含め、いま日本語アカデミックディベート界において提出される議論のほとんどが伝統的な政策ディベート、すなわち「メリット・デメリット比較方式」の範疇に留まっている。とは言っても、決して単なるdead body countingのような議論が溢れかえっているわけではないということは記しておきたい。権利論なども当然のように提出される。私が言いたいのは少なくともkritikやROBといったタイプの戦術はなかなか見かけられない、そしてこの状況を作り出すのに、大多数の人にとって日本語ディベート界への入り口である──そして同じく多くの人にとって出口でもある──全国中学高校ディベート選手権という大会のルールが一役買っているのではないかということである。この状況について何か価値判断を下すつもりは私にはなく、これはただの観察である。

・否定側の採りうる立場が「現状維持」の一つに制限され、具体的なプランの実体的な効果だけを議論するように制約を課すようなディベートの形式。すなわちCounterplanもkritikも認められないディベートの形式。先に述べたように、例えば全国中学高校ディベート選手権ではこの形式が「メリット・デメリット比較方式」と名付けられたうえで──この名称が否定側にCounterplanの提出を許さない姿勢まで含意しているのかは定かではないが──ルールのもとに強制力を伴って実現されている。

さて、現実の社会において物事を考える際に必要なのは「メリット・デメリット比較方式」だけではないと私は考える。問題そのもののフレーミングを疑うべきであったり、議論の根底にある間違った価値観が指摘されるべきであったり、そういった場面がたくさんあろう。彼の方式のディベートが強制される状況下ではディベーターにとってこういった視点は無意味であり、検討するだけ時間の無駄である。論題の問いかけの仕方そのものについて問う余裕があったら、メリットを補強する内因性の資料を探すだろう。つまり現実の世界で求められる、議論の重要な発想の仕方を学ぶことなく終わってしまうのだ。

これについて「件の方式の下でも工夫をすれば特殊な論点を提出することは可能だ」という意見はあるだろうが、ルールに背いたと判断されかねない議論はリスキーなので労力をかけて提出する選手は少ないだろう。「メリット/デメリットの形で以てしても多くのことが議論できる」という意見も耳にしたことがある。たしかに人権論などをメリット/デメリットの体裁で出すことはできる。しかし、わざわざルールに沿ってメリット/デメリットの形式を強いるくらいなら初めからそのような制限を無くしてしまえばいいのではないか。それに、ルールでメリット/デメリット以外の議論を妨げている以上、私が述べたようなkritikやROBといった論点を検討する機会そのものがそもそも大幅に減っているだろう。

これでは生きていく上で必要な思考法──ディベート教育論で幾度となく繰り返されてきたであろうやや紋切り型であるとも言える言葉を拝借するのであれば『「批判的」で「多角的」な視点』とでも説明されようもの──が身に付かないのではないか。ディベートを通じて育まれるべき「視点」とは如何なるものにも根本から批判的に向かい合い、社会や他人が用意したバイアスや疑わしい言い分を精査し、何人にとっても有用な議論を行うことを可能にする、そんな「視点」ではないのか。例えば、大会運営側が用意した「メリット・デメリット比較方式」が本当に望ましいものなのかという「視点」すらも習得されるべきではないのか。純利益の議論がルールで強いられる状況においては、こういった視点の醸成に必要な数多の要素が欠けているのではないか。

誤解しないで欲しいのだが、具体的なプランから発生するメリットとデメリットを議論することを通して身に付く力が必要ないなどとは全く言っていない。そういった能力は素晴らしいものである。私自身、中高生時代に没頭したディベートはそのような議論のみをするものであったが、そこから得た力や学びの価値を日々、実感するばかりである。しかし、それだけでいいのかと言っているのである。より豊かなものを育めるのならば、ディベートにおける議論制限は取り払われてもよいのではないか。特定のディベート方式しか認めない状況は再考されるべきではないか。「メリット・デメリット比較方式」だけでしか物事を捉えることを許さない仕方をディベーターに強制することが十分に「教育的」な結果を作り出せるのだろうか。

Counterplanやkritikまで認めていたら議論が噛み合わなくなる恐れがあると感じる人もいるだろう。これについては、私自身も正直まだ検討しきれていない。制限を取り払うことで主張可能なものごとの選択肢が増えた結果、議論がクラッシュして深まる度合いが減りうるのは事実だ。ただ、いま排除されている視点を組み入れることの価値も捨てるに惜しい。ここで結論を出すことは到底できないが、今後のディベート界において、この論点が熟考されることを切に願う。これは全員で真剣に検討すべき問題だ。

・アメリカのディベートは優れたプラットフォームを有している。大会の各試合でどの学校がどんな議論をして、誰がどんなジャッジを下したのかがある程度ならすぐに分かる。また、資料を共有するサイトもあれば、ディベートの議論について自由に質問し議論できる巨大な掲示板サイトもある。各ジャッジのジャッジフィロソフィーを検索して閲覧できるサイトもある。こういったサイト群は議論レベルの向上に間違いなく貢献している。例えば新米ディベーターが過去の試合を参照して学べる。個々人や学校の間で異なるディベートへの考え方を容易に交換して議論できる。彼の国がどうしてここまで整ったシステムを持っているのかを現地で尋ねることはできなかったが、これは日本でもやれるのであればやるべきだ。

・上述したようなアメリカのプラットフォームについて日本語アカデミックディベーターは正直、あまりよく知らないだろう。少なくとも私の周りには知っている人はいなかったし、こういったことが今まであまり話題にあがってきていなかったように感じる。日本語ディベーターはもっと他国のディベートに興味を持ってもよいだろう。例えばKritikについては、ほとんどの日本語アカデミックディベーターは最近までおそらくそれが何なのかよく分かっていなかったはずだ。単なる言葉狩りだと思っている人すらいた。これではディベートの新しい側面はなかなか生まれない。

ただ、こういった状況はアメリカをはじめとする他国のディベート事情を知りたいならば英語を読まなければならないという流れの中で生じる「言語の壁」が起因となり発生していると私は思う。英語がわかる人であったり、アメリカディベート界と関わりを持っている人であったりが、もっと日本語で情報発信をするべきだ。そういう活動のための場があってもいいだろう。

・以上の提案のなかには急進的であるように聞こえるものも多々あるだろう。いくつかの提案は、段階的に実施されていくのが現実的であるかもしれない。Counterplanもkritikも認めないディベート方式の件については、例えばCounterplanをまずは認めてみるとか。また、提案のなかには資金が必要になるだろうものがいくつかある。私はこういったことを実現するのがどれだけ大変なのか、そしてどのようにして実現するべきなのかもよく分からないまま、おそらく過去幾度となく繰り返し議論されてきたようなお馴染みのお題について意見を述べている。まったくもって身勝手であると思われよう。「分かってはいるけどお金がないんだよ」と思われる方もいるかもしれない。そう言われてしまうと私は何も言えない。しかしここで述べたことのいくつかは私からすれば「日本語ディベート界でたまに話にあがるものの、気がつけば消えてなくなっている話題」であり、だからこそ、ここにあえて記録として残る形で議論を書き連ねてみた。ここに記された言葉が、今後の日本のディベート界の発展に何らかの形で少しでも寄与することを切に願う。

以上

掲載した文章は、報告書のごく一部を抜粋したものです。このツアーの全文は2018年10月配信の会員限定ニューズレターに掲載されます。JDA入会申し込み方法については、こちらのページをご覧ください。。

2018年日米交歓ディベート 日本代表 全米ツアー

  開催要項

主催 日本ディベート協会 (Japan Debate Association)
協力 米国コミュニケーション学会 国際ディスカッション・ディベート委員会
(Committee on International Discussion and Debate, National Communication
Association)
開催期間 2018年2月23日~3月9日
日本代表 ディベーター Kanaru Sato (University of Tokyo)

Takuya Higuchi (Rikkyo University)

ツアー日程 2/23-2/25 Weber State University
2/25-2/27 Randolph-Macon College
2/27-3/1 Duquesne University
3/1-3/3 University of Southern Mississippi
3/3-3/5 Howard Payne University
3/5-3/7 University of Southern California
3/7-3/9 California State University, Northridge

 

2017年日米交歓ディベート 全米代表 日本ツアー

開催要項

主催 日本ディベート協会 (Japan Debate Association)
特別協賛 GTEC
協力 米国コミュニケーション学会 国際ディスカッション・ディベート委員会
(Committee on International Discussion and Debate, National Communication
Association)

全国高校英語ディベート連盟
(All Japan High School English Debate Association)
開催期間 2017年6月6日(火)~6月27日(火)
全米代表
チーム
コーチ Dr. John M. Kephart III (Ph.D.)

カリフォルニア州立大学ノースリッジ校 コミュニケーション学部 准教授 ディベート・スピーチ部監督
(Associate Professor of Communication Studies, Northridge, California State University, Director of Forensics)

ディベーター Elijah Smith, Wake Forest University
ウェイク・フォレスト大学
Allison Foust, Regis University
レジス大学
ツアー日程 6/6 (火) 到着
6/7 (水) ガイダンス/歓迎会
6/8 (木) 神田外語大学 グローバルコミュニケーション研究所
6/9 (金) 東海大学 文学部英語文化コミュニケーション学科
6/11 (日) 広島修道大学 学習支援センター
6/13 (火) JDA九州支部、九州大学言語文化研究院
6/14 (水) 愛媛大学ESS
6/15 (木) 宮崎県高等学校教育研究会英語部会
6/17 (土) 福井県教育委員会
6/18 (日) 近江兄弟社高等学校
6/20 (火) 茨城県高等学校教育研究会英語部
6/22-23 (木-金) 北海道高等学校文化連盟国際交流専門部北海道札幌国際情報高等学校
6/24 (土) 埼玉県高等学校英語教育研究会
6/25 (日) 日本社会人ディベート連盟(JBDF)
6/26 (月) 送別会
6/27(火) 離日

2016年日米交歓ディベート 日本代表 全米ツアー

開催要項

主催 日本ディベート協会 (Japan Debate Association)
協力 米国コミュニケーション学会 国際ディスカッション・ディベート委員会
(Committee on International Discussion and Debate, National Communication
Association)
開催期間 2016年2月20日(土)~3月10日(木)
日本代表 ディベーター Naruhiko Nakano (Mie University E.S.S.)

Masaya SASAKI (University of Tokyo Debating Society)

ツアー日程 2/20-2/23 Irvine Valley College
2/23-2/26 Texas Christian University
2/26-2/29 University of Rhode Island
2/29-3/2 Samford University
3/2-3/4 University of Utah
3/4-3/7 George Washington University
3/7-3/8 CSU Northridge
3/8-3/9 Loyola Marymount University
3/9-3/10 Santa Monica College

 

2015年日米交歓ディベート 全米代表日本ツアー

開催要項

※訪問スケジュールの詳細は、英語ページの旅程(itinerary)をご参照下さい。

主催 日本ディベート協会 (Japan Debate Association)
特別協賛 GTEC CBT
協力 米国コミュニケーション学会 国際ディスカッション・ディベート委員会
(Committee on International Discussion and Debate, National Communication
Association)
全国高校英語ディベート連盟
(All Japan High School English Debate Association)
開催期間 2015年6月2日(火)~6月23日(火)
全米代表
チーム
コーチ Dr. Theodore F. Sheckels, Jr.

ランドルフ・メイコン大学教授
(Professor of English and Communication Studies, Randolph-Macon College)

ディベーター Natalie Bennie
サムフォード大学 (Samford University)Cody Walizer
デンバー大学 (University of Denver)
ツアー日程
旅程詳細
6/2(火) 到着
6/3(水) ガイダンス/歓迎会
6/5(金) 神田外語大学 グローバルコミュニケーション研究所
6/6(土) 日本社会人ディベート連盟(JBDF)
6/7(日) 東京学生ディベート連盟(TIDL)
6/8(月) 北海道高等学校文化連盟国際交流専門部
6/10(水) 鹿児島県高等学校教育研究会英語部会ディベート専門部
6/11(木) JDA九州支部九州大学言語文化研究院
6/12(金) 福岡県高等学校英語教育研究部会
/福岡県修猷館高等学校
6/13(土) 愛媛大学ESS
6/14(日) 全国高校英語ディベート連盟岐阜支部
6/16(火) 慶應義塾大学
6/17(水) 愛知淑徳大学交流文化学部
6/18(木) 茨城県高等学校教育研究部会英語ディベート委員会
6/20(土) 栃木県高文連英語部会
6/21(日) 全日本英語討論協会(NAFA)
6/22(月) 送別会
6/23(火) 離日

過去の開催情報

開催年 報告 日程 開催国 来訪・訪問者
2014 3月2日〜3月27日 米国
  • 高味直毅(早稲田大学)
  • 廣田周(北海道大学)
2013 6月4日〜6月24日 日本
  • Timothy Barr(Univ. Pittsburgh)
  • Shanna Schultz (Texas State Univ.)
  • Prof. Anne Marie Todd (San Jose State Univ.)
2012 6月4日〜6月24日 日本
  • Sean Leuchtefeld (Univ. Maryland)
  • Edmund Zagorin (Univ. Michigan)
  • Prof. Brian Lain (Univ. North Texas)
2011 2月20日〜3月17日 米国
  • 大迫賢一仁(東京大学)
  • 島本佳紀(早稲田大学大学院)
2010 未開催
2009 6月4日〜6月24日 日本
  • Tony Liao (Cornell Univ.)
  • Christopher Girouard (Truman State Univ.)
  • Prof. Stephen Llano (St. John’s Univ., New York)
2008 2月24日〜3月21日 米国
  • 村上 明(東京外国語大学/上智大学卒)
  • 田崎 友教(北九州市立大学)
2007 6月7日〜6月27日 日本
  • James Thomas (Cornel Univ.)
  • Nicholas Miler (Emory Univ.)
  • Prof. Michael Janas (Samford Univ.)
2006 2月11日〜3月18日 米国
  • 田島慎朗(獨協大学卒)
  • 山田かおり(獨協大学卒)
2005 日本
  • Leah Sprain (University of Washington)
  • Carly Woods (University of Pittsburgh)
  • Prof. Kevin Baaske (California Sate University, LA)
2004 2月28日〜4月4日 米国
  • 是澤克哉(獨協大学卒)
  • 佐藤佳邦(大阪大学)
2003 6月13日〜7月1日 日本
  • Michelle Lancaster (James Madison Univ.)
  • James Radford Jr. (Samford Univ.)
  • Prof. Matt Sobnosky (Hofstra Univ.)
  • Prof. Marilyn Young (Florida State Univ.)
2002 未開催
2001 6月11日〜7月2日 日本
  • Anne Marie Todd (Univ. Southern California)
  • Andy Peterson (Univ. Iowa)
  • Prof. Barb Pickering (Univ. Nebraska at Omaha)
2000 2月17日〜3月29日 米国
  • 山崎 壯(東京大学)
  • 鈴木 雅子(慶応義塾大学)
1999 6月10日〜6月27日 日本
  • Maxwell Schnurer (Univ. Pittsburgh)
  • Eric Minkove (James Madison University)
  • Prof. Catherine Palczewski (Univ. Nothern Iowa)
1998 2月16日〜3月26日 米国
  • 林田佳子(慶応義塾大学)
  • 小笠原由佳(東京大学)
1997 6月12日〜7月8日 日本
  • Kate Shuster (Univ. Georgia)
  • Scott Ruthfield (Rice Univ.)
  • Prof. Thomas Hollihan (Univ. Southern California)
1996  英語  2月24日〜4月2日 米国
  • 師岡淳也(獨協大学)
  • 山村丈史(東京大学)
1995 日本
  • Brian Lain (Wayne State Univ.)
  • Anne M. O’Halloran (Cornell University)
  • Prof. Allan Louden (Wake Forest University)
1994 米国
  • 倉野充裕(獨協大学)
  • 山中礼二(一橋大学)
1993 日本
  • Ilon Lauer(Wayne State Univ.)
  • Anand Rao (Univ. of Pittsburgh)
  • Prof. Dale Herbeck (Boston College)
1992 米国
  • 大野浩(名古屋大学)
  • 矢野善郎(東京大学)
1991 日本
  • Mark Levenson (Northwestern Univ.)
  • Scott Thomson (Wayne State Univ.)
  • Prof. George Ziegelmueller (Wayne State Univ.)
1990 米国
  • 北林英明(獨協大学)
  • 中村裕治(上智大学)
1989 日本
  • Gordon R. Mitchell (Northwestern Univ.)
  • Julie T. Spellman (Claremont McKenna College)
  • Prof. Patricia M. Ganer (Cypress College)
1988 米国
  • 池谷東(早稲田大学ESA)
  • 山下譲(獨協大学)
1987 日本
  • Julie Arthur (Northwestern Univ.)
  • Catherine H. Palczewski (Northwestern Univ.)
  • Prof. Tim Hynes (University of Louisville)
1986 米国
  • 青沼智(獨協大学)
  • 武井耕一(北九州大学)
1978 2月〜3月 米国
  • 松本茂(青山学院大学)
  • 豊田哲郎(上智大学)
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